【2024年版】米国不動産を正しく分析するためのWACC入門

コロナ禍以降の在宅勤務の定着や予測困難な関税政策等による金利高止まり懸念・景気後退観測等により米国不動産マーケットは引き続き難しい状況にあります。このように先行きが不透明な不動産マーケットでは、割安な投資対象(所謂、ディストレス案件)が出現します。その中で、米国の不動産投資に関わっている方の中には、期待利回り(≒目標IRR)をいくつに設定すべきか頭を悩ませている方もいるかと思います。私も、仕事の中で日々オフィスや賃貸住宅を中心に投資対象を確認しますが、いくら割安だとしても、それがリスクに見合った期待利回りなのか判断が難しいです。

そこで今回の記事では、米国の不動産投資のマーケットにおける期待利回りの大きな要素である「資金調達コスト」(=WACC、加重平均資本コストに注目することで、米国不動産企業が設定する期待利回りについて考えたいと思います。

本ブログの要約

【2024年版】米国不動産を正しく分析するためのWACC入門

  • 投資に対する期待利回りは、最低でもWACC(資金調達コスト)を超えている必要がある
  • 米国REITのWACCはCOVID-19によるパンデミック前の3.9%(2019年)から3年間で7.3%(2022
  • 年)と3.4pt上昇したものの、その後のREITセクターのボラティリティ低下により6.6%(2024年)まで低下
    • 負債コストは上昇を続けている(2019年:2.7%→2022年:4.7%→2024年:5.5%
    • 一方で、株主資本コストは2022年にピークを迎えた後は緩やかに低下(2019年:5.5%→2022年:10.2%→2024年:8.7%
    • 米国REIT企業が設定している期待利回りの平均は最低でも6.6%と見るのが合理的だが、事業タイプやアセットタイプによる
  • 開発型を主業務とする米国不動産企業では、開発リスクが株主資本コストと負債コストに反映されておりそれぞれREITよりも0.3pt高いが、Real Estate (Development)のほうが負債比率が高い分、WACCはREITと同程度の6.6%
    • 2025年に激化する関税政策により建設費高騰や開発スケジュールの遅延が懸念されており、Real Estate (Development)のWACCはREITよりも高くなっている可能性あり

資金調達コストとは

資金調達コスト(Cost of Capital)は企業が資金調達を行う場合のコストを指し、WACC (Weighted Average Cost of Capital、加重平均資本コストとも呼びます。WACCとは、株主資本コスト(配当と株価の上昇益)と負債コスト(支払利息)の加重平均のことです。

企業は株主資本もしくは負債によって調達した資金によって投資を実施するため、投資の利回り(IRR)は、必ずWACCを超えなければなりません。言い換えると、企業の設定する投資の期待利回りは最低でも自社のWACCを超えている必要があります。その上で、投資のリスクに応じてWACCにリスクプレミアムを乗せ、各投資毎の期待利回りを設定していると考えるのが合理的です。

米国不動産投資の資金調達コスト

米国の不動産投資の資金調達コストを把握するために、米国REITのデータを活用します。ニューヨーク大学のStern School of Businessが米国上場REIT192銘柄(2025年1月時点)の資金調達コストを纏めています。そのデータから、2000年以降の米国REITの株主資本コスト、負債コスト、WACCを以下の通り纏めました。(参考までに、長期国債利回りも記載しています。)

米国REITのWACC
(出典:Damodaran Online, NYU Stern School of Businessのデータを基に作成)

COVID-19によるパンデミック前の2019年から2022年までの3年間で大幅に上昇した後、2023年に低下し2024年はまた若干上昇しました。

  • 株主資本コスト:5.5%(2019年)→ 10.2%(2022年)→ 8.7%(2024年)
  • 負債コスト:2.7%(2019年)→ 4.7%(2022年)→ 5.5%(2024年)
  • WACC:3.9%(2019年)→ 7.3%(2022年)→ 6.6%(2024年)

負債コストが上昇していることは、直近3年間の政策金利の大幅利上げを鑑みると想像に容易いと思いますが、2022年まではそれ以上に株主資本コストが上昇しました。株主資本資本コストである配当や株価の上昇は、将来の企業業績によって決定されるため正確に計算することはできませんが、CAPMという理論に基づいて決定されます。CAPMの理論では、基本的に株価のボラティリティが高いと株主資本コストは高くなります。不動産マーケット(REIT)はCOVID-19により他の業界よりも大きく変化し、2022年まではボラティリティが激しかったことで、株主資本コストが大きく上昇し、リーマンショック時の水準に近づきました。2023年以降はREITのボラティリテイが低下したことで、株主資本コストも低下しました。

その結果、WACCは2019年の3.9%から、2022年の7.3%(対2019年+3.4pt)と大きく上昇したものの、2024年は6.6%(対2022年▲0.7pt)まで低下しています。言い換えると、現在米国REIT企業が設定している平均の期待利回りは最低でも6.6%と見るのが合理的ということになります。もちろん、米国REITと言っても、事業タイプが開発型と保有・賃貸型に分かれますし、アセットタイプもオフィスビル、賃貸住宅、倉庫、リテール、ホテル・リゾート、データセンタ等に分かれますので、一概には言えません。そのため、不動産マーケットの中でも、比較的好調な賃貸住宅、倉庫、データセンタ等への投資は、6.6%よりも低い期待利回りを、比較的低調なオフィス等への投資は6.6%よりも高い期待利回りを設定しているのがフェアな見立てだと思います。

事業タイプ毎の資金調達コスト

同データベース(Damodaran Online)では、米国の不動産業界における、事業タイプ毎の資金調達コストも纏めていますので、参考までに2024年のデータを以下の通り掲載します。

米国不動産企業のWACC(事業タイプ毎)
(出典:Damodaran Online, NYU Stern School of Businessのデータを基に作成)

REITに分類される企業は開発型の投資を実施することもありますが、比較的リスクの低い保有・賃貸型の投資を実施することのほうが多いです。それに対し、Real Estate (Development)では比較的リスクの高い、開発型の投資をメインとする企業がカテゴライズされています。そのリスク分が株主資本コストと負債コストに反映されておりそれぞれREITよりも0.3pt高いです。ただ、Real Estate (Development)のほうが負債比率が高い分、WACC(資金調達コスト)は6.6%とREITと同程度です。

しかし、2025年に入ってからは、激化する関税政策により建設費高騰や開発スケジュールの遅延が懸念されており、Real Estate (Development)のWACCはREITよりも高くなっているのではないかと想定しています。

まとめ

【2024年版】米国不動産を正しく分析するためのWACC入門

  • 投資に対する期待利回りは、最低でもWACC(資金調達コスト)を超えている必要がある
  • 米国REITのWACCはCOVID-19によるパンデミック前の3.9%(2019年)から3年間で7.3%(2022年)と3.4pt上昇したものの、その後のREITセクターのボラティリティ低下により6.6%(2024年)まで低下
    • 負債コストは上昇を続けている(2019年:2.7%→2022年:4.7%→2024年:5.5%
    • 一方で、株主資本コストは2022年にピークを迎えた後は緩やかに低下(2019年:5.5%→2022年:10.2%→2024年:8.7%
    • 米国REIT企業が設定している期待利回りの平均は最低でも6.6%と見るのが合理的だが、事業タイプやアセットタイプによる
  • 開発型を主業務とする米国不動産企業では、開発リスクが株主資本コストと負債コストに反映されておりそれぞれREITよりも0.3pt高いが、Real Estate (Development)のほうが負債比率が高い分、WACCはREITと同程度の6.6%
    • 2025年に激化する関税政策により建設費高騰や開発スケジュールの遅延が懸念されており、Real Estate (Development)のWACCはREITよりも高くなっている可能性あり

投稿者プロフィール

Take
1988年生まれ。神奈川県出身。2011年に慶應義塾大学理工学部を卒業し不動産デベロッパーに入社。2017年より米国ピッツバーグ大学に留学。2019年にBeta Gamma Sigma (優秀な成績を収めた卒業生に送られる称号)で卒業しMBA取得。2019年以降米国不動産業に従事し、2021年以降ボストンを拠点にオフィスや賃貸住宅のアセットマネジメント業務に従事。

\ 最新情報をチェック /