ボストンの住宅危機:なぜ今、家がこんなに見つからないのか?

ボストンで生活していると、毎年上がり続ける賃貸住宅の賃料に苦しめられます。なぜ、このように賃料が上がり続けるのか、その背景にあるボストンの住宅不足の原因を纏めていきます。

本ブログの要約

ボストンの住宅不足と賃料高騰の原因

  • ボストン都市圏の賃料水準と空室率
    • 賃料水準は米国の都市圏毎のランキングで6位
    • 2024年12月時点での平均賃料(月額)は$2,865(約43万円)
    • 過去10年間の平均空室率は5.5%程度であり、ほとんどの期間で全米平均よりも低い空室率
  • 需要面の原因
    • ボストン都市圏は教育・医療・ハイテク産業の集積による経済成長が著しく、雇用の増加とともに人口・世帯数も増加
    • 2010年から2020年にかけてボストン都市圏の世帯数は10.7%増加した一方で、同期間の住宅ユニット増加率は7.9%
  • 供給面の原因
    • 東側が大西洋に面していることもあり新たに開発可能な土地が少なく、供給拡大が物理的に制約されている
    • ボストン都市圏は多数の周辺自治体で構成され、都市圏全体としてゾーニング緩和を進めづらい
    • レキシントン等一部の郊外自治体では、住宅建設に大きな土地を必要とする規制が存在
    • ボストン市等比較的大きな自治体でも建築許認可プロセスが煩雑で時間を要する
    • ブルックライン、ニュートン市等一部のエリアで中~大規模住宅に対する地域住民の反対運動が激しい

ボストン都市圏の賃料水準と空室率推移

ます、ボストン都市圏の賃料水準ですが、米国の都市圏毎のランキングで6位に位置しており、2024年12月時点でのボストン都市圏の平均賃料(月額)は$2,865(150円/$換算で、約43万円)です。

米国の賃貸住宅の賃料ランキングトップ10
(出典:Costar)

2014年のボストン都市圏の平均賃料は$2,103でしたので、そこから36.2%(年平均換算では3.1%/年)上昇したことになります。この賃料上昇の大きな原因が需要に対する供給不足です。以下は過去10年間のボストン都市圏の空室率の推移です。コロナ禍で一時は8.0%程度にまで上昇したものの、過去10年間平均では空室率5.5%程度であり、ほとんどの期間で全米平均よりも低い空室率であったことが分かります。

続いて、この住宅不足の原因を見ていきます。

原因①:産業 ー 教育・医療・ハイテク産業の集積

まずは需要面です。ボストン都市圏は教育・医療・ハイテク産業の集積による経済成長が著しく、雇用の増加とともに人口・世帯数も増加しています。Pioneer Institute Public Reserachによると、2010年から2020年にかけてボストン都市圏の世帯数は10.7%増加した一方で、同期間の住宅ユニット増加率は7.9%に留まりました。この需要超過により住宅不足と住宅価格・賃料の高騰が生じています​。

ボストン都市圏の産業構造
(出典:DATAUSA

原因②:地理 ー 海沿いの立地と災害対策

次に供給面を見ていきます。ボストン都市圏では地理的制約が住宅供給に影響を与えています。東側が大西洋に面していることもあり新たに開発可能な土地が少なく、供給拡大が物理的に制約されています​。前述の賃料が高い都市圏トップ10を見ても、ボストン都市圏同様に海沿いが多いことが分かります。

米国の賃貸住宅の賃料ランキングトップ10
(出典:Costar)

また、沿岸部では建物の高床化や排水システムの強化等の洪水リスクへの対策が必要で開発に追加コストが発生します。また、ボストン市には”Resilient Boston Harbor”という計画があり、自然災害時の洪水・海面上昇による浸水を吸収できるだけの公園をウォーターフロントに設置することで減災をめざしているため、住宅用地へ転用できる土地は限られています。

Resilient Boston Harbor
(出典:Resilient Boston Harbor

原因③:行政区 ー 多数の自治体による構成

ボストン都市圏は、以下のようにボストン市のほか多数の周辺自治体で構成されます。それぞれ住宅開発の状況に差があり、例えばボストン市ではゾーニング規制の緩和や開発許認可プロセスの効率化により、サウスボストンのシーポート地区、フェンウェイ、オールストン、ミッションヒル等で多くの再開発プロジェクトが実現し住宅戸数を増やしました。一方で、そもそもボストンの広域都市圏の人口約835万人に対してボストン市の人口は約65万人と約7.7%しか占めないため、ボストン都市圏としての住宅不足を解決するほどのインパクトはなく、都市圏全体としてのゾーニング緩和を進めづらい側面があります。

Inner Core Committee (ICC)を構成する
ボストン都市圏中心部の21自治体
(出典:Metropolitan Area Planning Council

ボストン市以外に目を向けると、クインシー市(Quincy)やサマービル市(Somerville)、レヴィア市(Revere)等が駅周辺や地下鉄沿線の遊休地を活用した再開発を通じて多くの集合住宅を提供している一方で、ブルックライン市(Brookline)やニュートン市(Newton)、ベルモント市(Belmont)等の高所得層が多く住む成熟した郊外地域では依然として住宅開発が鈍く、特に集合住宅の新規建設に対する抵抗が根強い傾向があります​。

ニュートン市の戸建て住宅街
(出典:Homes.com)

​このような問題を解決すべく、2021年にマサチューセッツ州レベルで、各自治体に対して一定の要件を満たす集合賃貸住宅を許可するゾーニング地区を設けることを義務付けるMBTAコミュニティ法(正式名称:Multi-Family Zoning Requirement for MBTA Communities)が施行されたものの、一部の自治体では本法律に対する反対や懸念が示されており、このような自治体ごとの温度感の差もボストン都市圏全体での住宅不足の要因となっています。

原因④:規制 ー 厳しい土地利用規制と建築規制

1.大区画の戸建て住宅ゾーニング

一部の郊外自治体では、住宅建設に大きな土地を必要とする規制が存在します。例えば、比較的ボストン都心部に近いレキシントン(Lexington)においても大区画の住宅地が広がっています。以下のように、レキシントンにおいて多くのエリアがRO/RS(One Family Dwelling)と呼ばれる戸建て住宅エリアです。RO(マップ上の薄い黄色)のエリアは最低土地面積として30,000sf (約2,787㎡)を、RSのエリア(マップ上のブラウン)のエリアは最低土地面積として15,500sf (約1,440㎡)を確保する必要があります。レキシントンをはじめ一部の郊外自治体で見られるこのような規制が、特に中価格帯の住宅建設が難しい要因となっています。

レキシントンのゾーニングマップ
(出典:Lexington Massachusetts)
2.建築許認可プロレスの複雑さ

建築許認可プロセスが煩雑で時間を要することも住宅供給不足の大きな要因です。ボストン都市圏の中では比較的大規模再開発の多いボストン市においても、ニューヨーク市等の他の大都市と比べて複雑です。

例えば、ボストン市では開発計画にゾーニングや用途の変更を伴わないとしても、開発計画の延床面積が50,000sf (約4,645㎡)を超えるだけで、ボストン計画開発局(Boston Panning & Development Agency, 通称BPDA)の許認可が必要になります。この許認可の中には、デザインのレビュー環境影響の評価だけでなく、地域コミュニティとの調整が含まれます。さらに、歴史的建造物の場合はランドマーク委員会から承認を得る必要もあります。

更に、このボストン計画開発局(BPDA)は、ボストン市の開発プロジェクト計画を企画段階から審査まで統括し都市の将来像を形づくる機関であるものの、開発計画の前段でゾーニング・用途変更の審査・承認するZoning Board of Appeal(ZBA)とは異なる機関であり、ゾーニング・用途変更が必要な場合は両機関と並行して手続きを進めなければなりません。

ボストン計画開発局(BPDA)による許認可プロセス
(出典:Boston Panning & Development Agency

goulston&storrsの記事によると、ボストン市でこのような許認可プロセス完了までの要する時間の中央値は10ヶ月と言われています。それ自体は突出して長いわけではありませんが、問題は不確実性で8~12ヶ月内に収まったプロジェクトは全体の16%しかなく、6ヶ月で完了したプロジェクトもあれば3~4年要したプロジェクトもあり、この不確実性がデベロッパーを悩ませています。

以上はボストン市の例ですが、周辺都市も類似した(もしくはより困難な)複雑さがあることに加え、ブルックラインやニュートン市では地域住民の影響が強い分審査がより厳しくなる傾向にあります。

3.地域住民による反対運動(NIMBY)

上記許認可プロセスにも関係しますが、米国ではNIMBYと呼ばれる地域住民による反対運動も住宅不足の一因です。NIMBYとは「Not In My Backyard」の略で、社会的に必要な開発に対して自分の近所で行われるのを嫌がる住民反対運動を指し、1980年代のアメリカで誕生した都市政策用語です。ボストン都市圏では特にこのNIMBYが多いと言われており、2024 Greater Boston Housing Report Cardによると、2010年以降、マサチューセッツ州内の少なくとも13の自治体が提案された住宅開発を阻止するために公費で合計5,000万ドル超を費やしたと報告されています。

例えば、古くからの住宅街でボストン市西側のブルックラインでは住民と行政が一体となって開発を抑制する文化が根強く、1973年以降「10戸以上の開発は全て特別許認可の対象」という厳格なゾーニングが長く続いてきました。上述の2021年に施行されたMBTAコミュニティ法(MBTA Communities Act)によって、マサチューセッツ州の公共交通沿線の自治体に対し、一定の住宅密度を持つゾーニング(多世帯住宅の建設を可能とする地域指定)の設定が義務付けられたことで、現在は一部エリアでゾーニングを緩和する動きがありますが、ここに至るまで住民からは大規模な反対運動がありました。

また、ブルックラインはCity(市)ではなく、Town(町)であり、代表制タウンミーティング制度を通じて240名の住民代表がゾーニング変更の可否を決定していることも、ゾーニング緩和が進まない理由のひとつです。この代表住民の平均年齢は約60歳と町民全体の中央値35歳よりも著しく高く持ち家比率も高いため、閑静な住宅街を維持したいという既存富裕層住民の意向が強く反映される構図になっており、住宅の供給不足、家賃・住宅価格の高騰に繋がっていると指摘されています。

開発が許可されるまでに訴訟も含め約10年を要した大規模住宅Hancock Village
(出典:Apartments.com)

まとめ

ボストンの住宅不足と賃料高騰の原因

  • ボストン都市圏の賃料水準と空室率
    • 賃料水準は米国の都市圏毎のランキングで6位
    • 2024年12月時点での平均賃料(月額)は$2,865(約43万円)
    • 過去10年間の平均空室率は5.5%程度であり、ほとんどの期間で全米平均よりも低い空室率
  • 需要面の原因
    • ボストン都市圏は教育・医療・ハイテク産業の集積による経済成長が著しく、雇用の増加とともに人口・世帯数も増加
    • 2010年から2020年にかけてボストン都市圏の世帯数は10.7%増加した一方で、同期間の住宅ユニット増加率は7.9%
  • 供給面の原因
    • 東側が大西洋に面していることもあり新たに開発可能な土地が少なく、供給拡大が物理的に制約されている
    • ボストン都市圏は多数の周辺自治体で構成され、都市圏全体としてゾーニング緩和を進めづらい
    • レキシントン等一部の郊外自治体では、住宅建設に大きな土地を必要とする規制が存在
    • ボストン市等比較的大きな自治体でも建築許認可プロセスが煩雑で時間を要する
    • ブルックライン、ニュートン市等一部のエリアで中~大規模住宅に対する地域住民の反対運動が激しい

関連記事

2020~2024年の米国の人口推移とマサチューセッツ州の特徴

人口は比較的予測しやすいマクロ情報ですが、COVID19の影響により一時的に大都市離れが起きる等、2020年以降は予測しづらいことが起きました。今回は国勢調査局のデータを…

2010~2020年の米国の人口推移とマサチューセッツ州・ボストンの特徴

ビジネスにおいて人口は最も重要は経済指標のひとつです。今回は国勢調査のデータを基に、2010~2020年の米国の人口推移を見ていきます。また、その中でマサチューセッツ…

グレーターボストンとは

ボストンに引っ越して間もなくの頃、「ボストンの名門大学はどこでしょう?」という質問をされました。「ハーバードかMITのどちらかですかね。」と答えたところ、どちらも…

投稿者プロフィール

Take
1988年生まれ。神奈川県出身。2011年に慶應義塾大学理工学部を卒業し不動産デベロッパーに入社。2017年より米国ピッツバーグ大学に留学。2019年にBeta Gamma Sigma (優秀な成績を収めた卒業生に送られる称号)で卒業しMBA取得。2019年以降米国不動産業に従事し、2021年以降ボストンを拠点にオフィスや賃貸住宅のアセットマネジメント業務に従事。

\ 最新情報をチェック /